無敵化する人される人 with コロナ

コロナウィルス

2020年3月22日。オリンピックの延期発表があった。その約2週間前に学校の休校が発表された。その後、4月5日現在で土日の自粛や東京への移動、都市部への移動自粛が行われている。また、学校再開予定であった明日からの登校も東京に関して、延期する発表があった。エリアによっては、自粛せず登校する事となった。

この数週間で感じた日本の人々、私も含めて無敵化してしまう人は何故なのか。不思議でしょうがなかった。結論としては、色々な考えの人がいるわけで、それに伴う行動の結果である。と言う事に帰着するわけだが、仮説として言葉遊びとしてアウトプットしてみようと思う。

署名活動に精を出す飲食業

飲食業と特定する趣旨ではない。活動している職種としては、見る限り宿泊業や観光業など他業種もある。しかしながら、筆者のまわりではすこぶる飲食業関係者による、助成金の署名活動やロビー活動の投稿が散見される。

そこで無敵化した人物を見る。ノーマスクで陳情し、場面を写真に撮る多数の人々。マスクがそもそも出来ず、必然的に濃厚接触となる会食の数々。「飲食業なので一緒に食事をしてなんぼ」なのかもしれないが、無敵化が垣間見える。聞くところによると、「店を開けられなければ何も出来ないので、助成金を得る活動をしている。」との事。言っている事は間違っていない。

さらに聞いてくと「店あけないと社員に給料出せないし、しょうがなく開けている」と言う意見も見えた。なるほど。それも間違っていない。それぞれみんなそれぞれの立場で正しそうな理由で、無敵の自分を作り出し、無敵の労働者を作り出しているように見える。

飲食業に関わらず、自己を無敵化。つまりは、コロナ感染の有無に関わらず他者に感染させてしまう状況を自ら作り出す人が一定数おり、この自己無敵化数を見ていく事で、道筋が見えてくる。よって、飲食業に関わらず自己無敵化層をあぶりだすのが現状の国の対策と捉える事も出来る。

強制無敵化される人々

無敵

強制無敵化される人々は、決して自己無敵化するような人間ではないが、職種や雇用形態、貯金の有無などの外的要因を元に半ば強制的に無敵化される人々だ。つまり、自己症状が無い場合で感染している時、感染を広げてしまう可能性を秘める人を指している。

先の飲食店の例で言えば、無症状感染者である従業員である。オーナーなり会社の方針で無敵化される。さらに客には、自己無敵化層がいるので、客からも強制無敵化されてしまうのが労働者と言える。

しかしながら、ここにも自己無敵化層は、一定数存在する。つまり、貯金もないし、1か月無収入になった途端、水や電気が止まってしまう層もある。どうしても無敵化し、お金を得る事に命をベッド。さらに、知らぬ誰かを病院送りにするかもしれなくても、お金が必要である無敵人である。

無敵化には、強制や自己なのかで違いはあれど、無敵人による入院数がおそらく勝負のキーになる。「感染者」と言う言葉で語られるが、実態は無敵人なのだ。

無敵人として多いのが、学生や40代以上の小金持ち。学生は春休みだったし、青春謳歌に余念がない。小金持ちは、ここぞとばかりに海外旅行へ行っていたし、夜の店で濃厚接触を繰り返した。初期の無敵人と言えば、まさにこの人たちだろう。無敵と考えている故、自分がかかり重症化しないと気付かない。想像力の欠如とも言えるかもしれないが。

 

国家の打算

巷では、「早くロックダウンしろ!」と言う声が出ているが、データを見てみると確かに「ギリギリだな」と言う事が良く分かる。と言うのも無敵人層の中で感染がじわりじわりと進んでいき、入院者が増える。入院者には、軽症者も含まれるため、正直、誰かにうつさないようにしておけばいいレベルなのだ。

政府が病床代わりにホテルを調達し始めたが正しい。ここまで書いてきて、「なるほど。日本政府もそこそこ考えてるな」と言うのが理解出来てくる(当たり前なのだが、マスク支給とかもあったので)。そうなると後は、病床と酸素を確保するスピードと、無敵人判明の数を見ていくだけになる。

これが追い付かなくなった時、いよいよ無敵人のリスクが高くなってくる。つまり、無敵だと思っていた。もしくは、無敵化されている人が感染し、酸素が必要になった時、自分の酸素が無ければ、おそらく若い人に酸素がまわされるだろう。中高年以上の無敵人には、時間が経つにつれ妄想無敵人のリスクが高くなる。

無敵人が逃げ切るには、早めに感染してロシアンルーレットにかけるか、本当に無敵だったと証明する以外にない。残念ながらその陰に入院者や死亡者が存在する事になる。

非無敵人の生活

家

非無敵人の特徴は、感染したくないし感染させたくない。と言う人だ。最強なのは、自宅からでない事。デリバリーで生活用品やら食糧を購入し、一定期間もしくは浄化を行い使用する。貯蓄が多分にある人やPC一つで稼げる人などに限られる。

ただ、篭りストレス耐性に乏しいと続かない。非無敵人の中でも色々強くないと完全引きこもりは達成できない事になる。しかしながら、戸建て自宅からの車で人がいないところで運動などは、感染リスクがゼロに等しい。マンションでは、エレベーターやら共用部もあり、マスクをするにしても多少のリスクがありそうだ。

そう考えるといわゆるニートや引きこもりの非無敵人は、時代と環境にマッチしている。とも見れる。その能力がある事で他人の生命を守り、自分の生命も守る事が出来ている。コロナをまき散らす無敵人とは、一線を画し世の中に貢献している・・・かもしれない。

無敵人から非無敵人の間には、本当に様々なグラデーションがある。非無敵人である事は、必然的に長期化を余儀なくされ、コロナが収束するかワクチンが生み出されるか。どちらかにしか帰結出来ない。

しかも、収束もワクチンも現時点でいつになるか分からない。お金も仕事もある状態で籠りながらどのぐらい耐えれるのか。メンタルを維持し、生活を維持する。なかなか厳しく難易度が高いと言わざるを得ない。まるで宇宙飛行士の訓練を実地で行くような。そんな感じだ。

#非無敵人チャレンジ

があってもおかしくないぐらいだ。

無敵人と非無敵人の攻防

そもそも優先順位が違う為に起きるのはしょうがない。基礎疾患がない若い人の死亡例も考えるとやりきれない。みんなそれぞれの立場で最善を尽くしている。と言いたいところだが、人間はそんな生き物ではない。仕事はサボるものだし、フェアじゃない助成金もたんまりだ。

そう考えた時、どちらのポジションも取る事が出来たとしたら、どちらを取るだろうか。年齢にも人生にもよるだろうが、本当に興味深い。無敵人で行くなら、とっとと感染するつもりで抗体検査を1週間に1回受け続ければいい。コロナチャレンジがあるので、取っ手や便座をなめればよい。重症化ないし死亡するかもしれないが、それが無敵人の通る道だ。つまり、感染して無症状にかけるのだ。

仮に重症化してもおそらく、そう苦しまずに逝けるだろう。もし抗体を得れたら、無敵化のベッドに勝利したことになる。喜ばしい。自由がまた近づく。アフターコロナを狙って、イケイケドンドンだ。ただし、この間、遠回りに他人へ迷惑をかけ続ける事になる。

非無敵人は、長期戦だ。辛抱強く、嵐が過ぎ去るまで1年でも2年でも覚悟する。その途中で別な疾患が顕在化しないように、心身共にキープする必要がある。コロナ以外の疾患が出たり、非無敵化に逆に飲まれてしまうとベッドに負ける事になる。ただ、その間、人を間接的に救ってきた事実がある。負けたとしても世界に貢献したのだ。家にいるだけで人を救える。なんとも素晴らしいフレーズだ。

おわりに

どっちが正しいか。と言うわけでもなく、無敵化によるカテゴライズをしてみると、見える側面もある。コロナの封じ込めとは、無敵人の無害化とほぼイコールになる。今後も適度に無敵人層を感染させて、ロシアンルーレットをしてもらう。その結果は、個々人が得るとして、損害を被るのは、強制無敵人の層である。選択肢の余地なく、感染させられる事は、本望でないだろう。コロナを着払いで送りつけられ、受け取るのに等しい。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA